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俺と火乃木は森の中で座り込んでいた。 「うっ……ううっう……う、うう……ヒクッ……」 「……」 火乃木はさっきから右手を自分の目元に押し当てて泣いている。 あの後。 エルマ神殿から脱出した俺と火乃木は大急ぎでその場から逃亡したのだ。 亜人の姿に戻った火乃木と町に行くわけには行かず、やむなく人のいない森の中へ姿を隠すことにしたのだ。 今の火乃木の心はズタズタだ。 人間の前に自分の本来の姿をさらすことが、火乃木にとってどれだけの恐怖か……。 亜人……。 六十年以上前にアダマンガラスと言う国で発生した、人とそれ以外の動物の特徴を併せ持つ者達の総称。 彼等は誕生と同時に人間に敵対し、それゆえ人間もまた亜人を敵と認識している。 なぜ亜人が人間を敵視するのかは今のところ分かっていない。分かっていることといえば亜人が人間に対して確固たる敵対意識を持っているということ。そして、亜人には一人として同じ特徴を持った者が存在しないことくらいだ。 火乃木はそんな亜人の中でも珍しく、人間に対する敵対意識を持っていない存在だった。だが、人間の間でも亜人＝悪と言う図式が成り立ってしまっているこの時代、亜人である火乃木の言葉を聞き入れるような者は存在しなかった。 火乃木がルブルム・ドラゴンの亜人だったこともそれに拍車をかけた。ルブルム・ドラゴンと言えばドラゴンの中でも攻撃性の高い肉食の恐獣だ。ドラゴンに何らかの形で携わるものにとってこれ以上に恐れるドラゴンは存在しないと言われてるくらいだ。その亜人なのだから人間の不信感も相当なものだったはず。 火乃木は亜人へ対する見せしめとして公開処刑されようとしていた。 当の火乃木は人間を敵としてみてはいなかった。誰かしらの命を奪うことに恐怖すら覚える、言うなれば虫も殺せないような少女だった。 そんな少女が何の罪もないのに殺されるなんておかしい。そう判断したから俺は火乃木を助けた。 それが六年前。俺と火乃木が出会った日だった。 森に入ってからもう大分時間が経ってる、たっぷり三時間くらい経っているんじゃないだろうか？ 日はまだ高いし、火乃木を町へ連れて行くことは出来ない。そんなことをすれば大騒ぎになる。 つまり俺と火乃木は森の中に身を隠す限り、食い物すら自給自足で調達しなければならないというわけだ。 俺は火乃木に下手に声をかけられないでいた。下手な優しさや言葉は、返ってその心を傷つける。 今火乃木は自分のせいでこんなことになったと思っている。そうやって落ち込んでいる人間は他人の優しさとか慰めを素直に受け止めることが出来ない。そして、それが分かっているからこそ、余計に自分が嫌になってしまう。 少なくとも俺はそうだ。 そんな火乃木にどんな言葉をかけることが出来ると言うのか。 俺に出来るのは火乃木が落ち着くのを待つことだけだ。 「ぅぅぅ……うう……ハァ……」 「……」 火乃木が目に当てていた手をそっとはなす。目元は真っ赤に晴れ上がっている。 俺の視線に気づいたのか、火乃木は俺を見た。 「ご、ごめんね……。レイちゃん」 「なにがだ？」 「ぼ、ボ、ックの……せいで……」 再び火乃木の瞳に涙が溜まり始める。 「もう……泣くな。泣いてもこの状態は変わらない」 「う……うん……う、ぅぅぅぅ、うぁぁ……！」 必死に堪えようとしていた涙はやっぱり堪えきれず火乃木の頬を伝う。 「……」 「ごめんね……ごめんね……お仕事……」 「……ん？」 「お、お仕事……ボクが、しっかりしてれば……ボクがちゃんとしてないから……」 「謝るなよ。今度しっかりすればいい。今回のことは、事故だ。そう、事故。だからお前が苦しむ必要なんてないんだ」 そこまで言って自分が余計なことを言ったなと思った。 今の火乃木にそんな慰めなんかしたら余計に自分を追い詰めてしまう。それが分かっているのに……。 だけど、他にどんな言葉をかけてやればいいと言うのだろう？ どんな言葉をかけても、きっと火乃木は傷ついたに違いない。 今の火乃木に俺はあまりにも無力だ。 「ヒッ、ク……ウクッ……ウウ……」 立ち直るには時間が必要だな。 俺は黙って木にもたれかかり、火乃木が泣き止むのを待った。 「…………」 「落ち着いたか？ 火乃木」 「うん……」 散々泣きはらした目で火乃木は俺に言う。 まだ、日は高い。取り合えず、何かしら食事の用意をしないとな。腹が減って仕方ない。財布なんてあってもこの状況じゃ使い道がないも同然だからな。 「よし！ 火乃木！ 行くぞ！」 「へ？ ど、どこへ？」 「夕飯の調達だ」 「ご飯の調達？ ……うわぁ！」 俺は火乃木の右手を問答無用で引っ張って立たせる。 「ちょ、ちょっと痛いよ！」 「痛くて結構メリケンコ！ 腹減ってちゃあ何にも出来ねえだろ。いいからさっさと来る！」 「わ、わかったから！ 引っ張らないでぇ！」 俺は火乃木と一緒に森の中の探索を始めた。 食えそうなきのことか山菜の類があればいいんだが。 「なあ、火乃木……」 「え？ なに？」 「手ぇはなしてくんないかな？」 「やだ……」 火乃木はさっきから俺の服の裾をがっちり掴んだまま離さない。 元々寂しがりやだったし、さっきまで泣いていたわけだし、それも仕方ないとは思うんだけど……。 「じゃあ、せめて引っ張らないでくれ。歩きづらい……」 「……わかった」 そんなやりとりをしつつ、俺と火乃木は森の中を歩いていく。 「……レイちゃん」 「ん？」 「水の匂いがする……」 「お？ ほんとか？ どこだ？」 「……あっち」 「よし、案内してくれ！ 川があるってことは魚にありつける！」 「うん」 火乃木の指示に従って俺は、さらに森の奥へ。 水の匂いがすると火乃木が言ってから十分ほどで俺達は川にたどり着いた。 結構大きい。魚くらいいるかもしれない。 「良くやったぞ。火乃木！」 「そ、そうかな？」 「ああ、お前のおかげで魚にありつけるぜ！」 「で、でもどうやって魚を取るの？ ボク、魔術師の杖をエルマ神殿に置いてきちゃったから、今魔術使えないし……」 「なあに任せとけって」 俺は右手に魔力を集中させる。白い光を放つ右手の平から一本の剣が姿を現す。 「え〜っと……」 俺は森に生えている木々の枝に目を向ける。んで、その枝の一本目掛けて俺は走り、跳躍する。同時に剣を振り落とし、枝を切り落とす。 「火乃木、髪の毛一本借りるぞ」 「へ？ いたっ！」 そして火乃木の髪の毛を一本引き抜く。 「ちょ、ちょっとぉ！ 女の子の髪の毛抜くなんてぇ！」 「髪の毛一本より飯のほうが大事だっつ〜の」 「うううう、そうかもしれないけどさぁ……」 俺は火乃木の髪の毛をさっき切り落とした枝に縛り付ける。小さな魚ならこれくらいでも釣れるはずだ。 後は餌だな。 右手に再び魔力を込める。次は穴掘り用のシャベルが姿を現した。 それを地面に突きたて、地面を掘り起こす。 「レイちゃん？ さっきから何してるの？」 火乃木は俺の考えていることがまったく分からないらしく頭の上にクエスチョンマークを浮かべている。 「すぐに分かるさ」 何箇所か地面を掘り返し俺はようやっと目当てのものを見つけた。 俺はそれを素手で掴み取る。 「ほれっ！」 「うわっ！ ミ、ミミズ！」 手で掴んだミミズを見て火乃木が悲鳴を上げる。大げさだっつの……。 「おう、ミミズさ！ これで全ての準備は整った！」 「え？」 俺はそのミミズの頭を指で無理やり潰して殺し、枝に縛り付けた火乃木の髪の毛にミミズの体が食い込むくらい強く縛り付ける。 「その手で触らないでね……」 「はいはい。……よし、後は……」 俺は自分の胸ポケットから小物を入れる透明なケースを取り出してその中から釣り針を取り出した。 これを髪の毛にくくりつけて……。 「よし！ これで簡易釣竿の完成だ！」 「あ……」 火乃木はここにきてやっと俺の考えていることが理解できたらしい。 「でもレイちゃん。それだったら、最初っから無限投影で釣竿作ればよかったんじゃないの？」 無限投影ってのは俺が使ってる物質精製魔術のことだ。さっきシャベルを作り出したのも剣を作り出したのも無限投影と言う魔術によるものだ。 「そうもいかない。釣竿ってのは、針、竿、釣り糸、の集合体なんだ。刀剣は最悪刃の部分だけあればいいが、釣竿ってのは複数のパーツの集合体だ。それらを作り出して、さらに維持し続けるのは精神的にかなり疲れるし、何より本物より強度が落ちる。だったら枝と髪の毛で簡易釣竿を作ったほうがまだ頑丈なのさ」 「そうなんだ……」 俺は即席で作った釣竿を早速川に垂らした。 それから数十分した頃。 六回目の糸を引く感触。その瞬間俺は釣竿を引き上げた。 すると釣竿と一緒に魚が姿を現した。 「すご〜い……」 火乃木は俺が魚を釣り上げるたびに感心した声をあげている。 これで六匹目。これくらい釣り上げれば十分か？ 「よし、夕飯はこんなもんで十分だろう。火を起こして早速焼こう」 「うん」 なんだかんだで火乃木も元気を取り戻してきたようだ。時間が経ってきて悲しい気分が薄れてきたのだろう。それでいい。元気を取り戻してくれなきゃ、こっちも滅入っちまうからな。 魚は適当な枝に串刺しにして、火を起こす。 魚を火に当てたらあとは焼きあがるのを待つだけだ。 釣った魚を焼いてそれにかぶりついて食べる。なんとも原始的な食事ではあるが、それでも腹を満たすには十分だった。少なくとも俺は。 濃い味派な火乃木には味のついてない魚は物足りないと思うのだが、腹を満たすと言う点においてはどうだろう？ 亜人に戻った反動で食う量が増えて全然腹が膨れない……なんてことになってはいないだろうか？ 地面に座り込んだまま、焚き火の向こう側にいる火乃木にそれを聞いてみることにした。 「どうだ？ 火乃木。腹は膨れたか？」 「うん、大丈夫。味がないのだけが残念だけど」 同じく地面に座り込んでる火乃木が言う。 「それは我慢してもらうしかないな。流石に塩までは作れないし」 「うん。分かってる。ごめんね、わがまま言っちゃって」 「火乃木……もう謝るなよ」 「え？」 「もう謝るなって言ってんだ。いくら謝られたって俺からお前にしてやれることなんて微々たるものだし、それになにより」 「……」 「お前自身……自分を許せないだろ？」 火乃木は目を丸くして俺を見る 「……うん、がんばる」 がんばるって……。 無理はしてないようだが……。まあ、やっぱ今日の昼から夜の間だけですぐに心が癒えるはずがないか。 「ねえ、レイちゃん？」 「ん？」 「これからどうするの？」 「まだ特に考えてないけど、とりあえずはほとぼり冷めるまで森にいようと思う」 「ほとぼりって、どれくらい？」 「ん〜２，３日くらいかな？」 「そっか。変身のカードどうしようっか？」 「どうにかするさ」 「どうにかってどうやって？」 「どうにかして」 「それ、答えになってない……」 「仕方ねえだろ。現状どうしようもないんだからさ」 「……そうだよね。ごめん」 火乃木の声のトーンがまた下がる。 「だから〜！」 俺は少し語気を強める。 「いちいち謝るなっつの！」 「あ、う、うん。ごめ……あ……」 「はぁぁぁぁぁぁ……」 「あ、うああ、レイちゃんため息長いよ〜！」 「はいはい」 「う〜〜〜〜〜！」 火乃木が頬を膨らませる。が、次の瞬間逆に力が抜けたようなため息が聞こえた。 「……はぁ。でも……ありがと」 いつものより少し儚げな、しかし決して落ち込んでいるのとは違う笑顔だ。 「レイちゃんって不思議な人だよね」 「あん？ そりゃどういう意味だ？」 「あれだけ落ち込んでいたはずなのに、今はそうでもないの。レイちゃんといるとどんどん元気が出てくるの。他の人間と一緒だったら、たったこれだけの時間でここまで元気出てないなぁって思って……」 「そうか？」 「うん。ほんとに、ありがとう……。元気でたよ」 「そりゃよかった」 どうやら……ある程度の元気は取り戻せたようだな。 六年前の火乃木のトラウマ。人間に殺されそうになったと言う経験と苦しみ。 そういった嫌なものを今日は思い出してしまったからな。 少しでも早く、忘れさせてあげたいものだ。 「取り合えずだ、魚食ったら早く寝てしまえ。起きていてもすることなんてないんだから」 「そうだね。うん」 「あと……」 俺は自分の上着を脱いで火乃木に渡す。 「え？」 「背中寒いだろ。今日はシートがないから、代わりに使えよ」 火乃木の格好は背中が大きく開いているノースリーブ一枚。 背中に大きな翼が生えていることもあいまって、寝るときは背中をびったり地面につけることになるはずだ。 そうなったら寒いだろうからな。 「え、でも！ ボクの方が人間より体温高いから、平気だよ！」 「いいから使え。俺が心配なの！ だから俺を安心させてくれって」 「うう〜」 火乃木は不満げに俺を見る。 「ず、ずるい……。そんなこと言われたら突っ返せないよ……」 「それでいいんだ」 「……」 何か言い返そうと俺を見るが、言い返すべき言葉が思い浮かばなかったのか仕方なさげに納得する。 「わかった……。じゃあ、使わせてもらうね」 「ああ。小さいかもしれないが、ないよりはましだろう」 「……うん……あ、あり……あ……」 火乃木の瞳からまた涙が溢れ出す。 「ひ、火乃木!?」 「あ、なんでもない！ なんでもないよ！ ただ……嬉しかった……だけだから」 「そ、そうか？」 そんな泣くほど嬉しかったのか？ 「こ、こんなボ、ボ……ボッ……グの……ために……うぅ……あ、ありがとう……」 かける言葉が見つからない。 上着一枚でここまで泣くなんて。それだけ苦しくて、そして……嬉しかったのかな？ 俺は、火乃木の苦しみを少しでも癒してあげられただろうか？ 「も、もう寝るね。これ以上泣くの……恥ずかしいから……」 「あ、ああ」 火乃木は俺の上着を地面に敷いてその上に横になった。 「ぐすっ……レイちゃん。おやすみなさい」 「ああ、お休み」 俺が火乃木にしてあげられることはなんだろう？ せめて……火乃木のそばにいてやることだよな、今は。 火乃木が眠りについた頃になったらそばに寄ってやるとするか。 「火、消すぞ」 「うん」 俺は火を消すために用意しておいたコップに入った水を焚き火にぶっ掛けた。 このコップはもちろん無限投影で作ったもんだ。 夜の森で焚き火をつけたままにしていたら獣の類《たぐい》が襲ってくるかもしれないからな。 |
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